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[歴史]満州サンガに賭けた開拓の夢 (第1話)

昭和10年代・南ヶ丘牧場前史
【図書館】入植地図

南ヶ丘牧場の生い立ちは、戦前の満州、現在の中国東北地区北西部に連なる大興安嶺の麓、三河(サンガ)に遡る。

三河とは、シベリア東南部の大河・黒龍江の上流に流れ込むガン、デルブル、ハウルの三つの河の流域一帯を指す地名。

この三河地方に日本人が初めて入ったのは昭和10年。

満州鏡泊学園を卒業した、後の南ヶ丘牧場創業者・岡部勇雄は、同志5人と共に開拓の第一歩を印した。

ここで、当時28歳だった岡部は、乳牛シンメンタール雑種を飼い、牧草だけに頼る飼育を始める。


一戸あたり40町歩の面積を活かし、徹底的な酪農開拓を押し進めた。

輸送期間等の問題から生乳の出荷が困難だったため、工業用バターとカゼインの製造に、岡部たちは打ち込んだ。

また、当時の日本では珍しかったモア、バインダー等の大農具も使用。

食生活でも米食をやめ、パン、乳製品、肉を常食とし、貧しいながらも、北欧風の酪農経営を実現していた。


昭和20年。太平洋戦争の終戦と同時にソ連の満州侵攻が始まった。三河共同農村の開拓者たちも、村を捨てざるを得なかった。

昭和21年9月。約1年をかけて、三河から博多へとたどり着いた岡部は、村・団を正式に解散した。

しかし、この10年余りの三河開拓の体験は、岡部に理想の農業経営とは何かを教えたと言って良いだろう。



戦後の混乱がまだ続いていた昭和23年。年も暮れに近い11月。

岡部とその家族は他の35戸の入植者と共に、那須湯本温泉の下に広がる原野に初めて、そして再び開拓の鍬を下ろした。


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