平成~現在・21世紀に向かって
平成元年、南ヶ丘牧場と岡部勇雄は観光事業者としての栄誉「岩切章太郎賞」を受賞した。
この受賞が縁となり岡部は宮崎の人々との親交を深め、観光事業に対する互いの共感から、次は宮崎に新しい牧場をつくりたいという夢を持っていたようだ。

しかし、現実的に見てそれはあくまで夢である。
すでに実質的に現場の責任者となっていた長男・勇一郎は、那須と磐梯に続く生産の拠点となるべき牧場の候補地を探していたが、管理に責任の持てる距離的範囲は福島を主とした東北だと考えていた。
そして、勇一郎が正式に新しい場長として就任した直後の平成6年、開拓一筋に生きた岡部勇雄はその人生を全うした。
場長の交代、そして社会的に見ても平成はバブルと呼ばれた空前の好景気から現在の深刻な不況へと、経済情勢が大きく変動した時代である。
南ヶ丘牧場にとっても、この10年間は大きな変革期となった。
大きくなった組織、社会の動きと無縁ではいられない企業体となった南ヶ丘牧場。
どこまでも開拓者であった勇雄と異なり、勇一郎には現代の経営者たる資質が求められたのである。
勇一郎がまず着手したものは、労働条件等の社内改革である。
「生産から加工、販売までの一貫システム」勇雄の描いた夢は、個人のものから組織全体で達成するものに質的変化を遂げた。
その精神は変わらないが、大きな組織となった南ヶ丘牧場では、社員の分業化が進むのは必然である。
また、労働そのものに対する社会全体の考え方の変化もある。
事業においては、山形県の第三牧場、福島県の岩代牧場が動き始めた。
那須や磐梯と同様、観光牧場としての機能を期待されているからである。
この二つの牧場をこれからどう育てていくかが、勇一郎に課せられた課題である。
本家である那須牧場では、喫茶「こまくさ」が平成4年、3階建のレストラン「ザ・バイカル」が平成10年に新設された。
来訪者の質も時代と共に変化する、バブルの頃と比較すると来訪者の動きがゆったりしているようだ。
多くの観光ポイントをせわしなく回るスタイルから、一つの場所で思い思いにのんびりと過ごすスタイルに来訪者の様子が変わってきている。
それは本来のレジャーのスタイルに戻って来たのかもしれない。
日本の観光牧場のパイオニアという評価を得て、50周年という節目を迎えた南ヶ丘牧場。
21世紀に向けて、これからも時代にあった観光牧場の在り方を体現していくことが、その責務である。
それを担うのは勇一郎であり、その息子たち。
そしてその根底には勇雄から受け継がれた夢と魂がある。

山形牧場

建設中の岩代牧場

レストラン「ザ・バイカル」
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